海外「宮本茂がいなければ人生変わってた…」マリオにホビット!8ビット時代の名作ゲームに海外興味津々(海外反応)

海外「宮本茂がいなければ人生変わってた…」マリオにホビット!8ビット時代の名作ゲームに海外興味津々(海外反応)

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ゲームが10億ドル市場になると誰が予想したであろうか 8ビットビデオゲームの歴史を紹介しよう 素晴らしい先駆者たちにささげる、最大の謎とその闇を解き明かすのだ



「ホビット」
ヘスス・マルティネス・デル・ヴァス スペイン在住 「ホビット」の大ファンだ このゲームをプレイするためだけに英語を勉強した フィル・ミッチェルとヴェロニカ・メガが制作した、80年代のビデオゲームだ しかしゲームのリリース前に、ヴェロニカは失踪した ヘススはヴェロニカの行方を追った 失踪した当時最高のテキストゲームのクリエイターを見つけるクエストの始まりだ
1982年タイム誌のマン・オブ・ザ・イヤーに選ばれたのはパーソナルコンピューター 科学者向けの大型機械が、自宅で使える小型の機会になったのだ 64ビット型の最新機械が人気を集め、より広大で複雑なビデオゲームの製作が可能になった とある小規模なオーストラリアのチームが目指したのは最高のテキストゲームを作ること まだマウスがなく、キーボードですべて作成していた時代 成功のカギはファンタジーのストーリーだった 書いたのはメルボルンのアルフレッド・ミルグロム ビデオゲーム界のパイオニアだ 「当時はまだビデオゲームの何たるかが誰にもわかっていなかったし、なんの決まりもなかった だからメルボルン大学の2人がいちばん良く知っていたんだよ」チームにはそのふたりの大学生が参加した 「フィルはプログラマー ヴェロニカは謎を創作する係 ホビットの脚本を担当したのも彼女だ 素晴らしいアドベンチャーゲームになったのは彼女のおかげだよ」ゲームはシンプルな一文で始まる 『あなたは穴のような居心地のいいトンネルのなかにいます』プレイヤーがコマンドを入力すると、そこから外の世界へ 1982年当時はパックマンの全盛期 だがヴェロニカとフィルはもっと複雑なデジタル世界をつくろうとしていた 「大ヒットしたんだ ホビットをやるためにパーティが開かれるくらい 25万部は売れたかな だがリリース以降、ヴェロニカと連絡がつかなくなった その後のことはわからない」

ヴェロニカはゲームがヒットしたことを知っているのだろうか? ロシアにもイギリスにもスペインにも大ファンがいて、このげーっむをやるためだけに英語を学んだようなひとがいるということを? 「ぼくの名前はヘスス ゲームが大好き このゲームを知ったことがぼくの人生のターニングポイントになった ゲームの開発者の話を聞いてみたいといつも思ってる」それは彼だけではない 世界中のファンがヴェロニカを探している 本当に失踪したわけではないが、80年代はまだインターネットもなく彼女と直接コンタクトを取る方法はなかった しかしいち早くヴェロニカのメールアドレスを手に入れたヘススは早速メールを書いた
「わたしはヴェロニカ・メグラー博士です」彼女はオレゴン州ポートランドにいた ごく普通の生活を送っている 「ゲームが大ヒットしたことは知らなかった 10年くらい前に、大学で臨時講師をしていて、ビッグデータのサーチエンジンを作ったの わたし自身はゲーマーじゃないわ ホビットを作ったあとも、ゲームは全然していない」 ファンからのメールでヴェロニカが世に現れたわけではない 「女だからプログラマーになれないと思っている人がたくさんいたから ホビットはわたしの財産 わたしの背中を押してくれるもの 男女差別を乗り越えさせてくれるもの 臨時講師のわたしが業界を変えたなんて、誰も思ってなかったでしょうね ハハ わたしの仕事は最高のテキストアドベンチャーゲームを書くこと わたしはやり遂げたわ」

「マリオ」   
下水管を通り、キノコをキャッチし、ピーチ姫を救う カメを蹴散らすイタリア人水道屋のことなら何でも知ってると思ってる? いや、何にも知らないね
ニンテンドーが創設されたのは19世紀 1886年にトランプの製作を始め、のちにおもちゃや即席ごはん、タクシー業にまで手を広げた 1970年代にニンテンドーは大きな破産の危機を迎えていた 当時はビデオゲームの最盛期 ニンテンドーも若いアーティストを迎え入れた ゲーム業界を根本から変えた男、シゲル・ミヤモト マリオを作った男だ
では、そのマリオ・シガーレに会いに行ってみよう かれはまだシアトルに住んでいた 実は有名人だったマリオ なんとストリートの名前にもなっている 連絡してみたが、コメントしたくないとのことだった
ドンキーコングのあと、われらがスターは主人公になった ミヤモトはマリオのゲームを制作 パイプを通るなら、水道屋だ ぽっちゃりした、ブルーカラーのヒーロー マリオはすでにゲームキャラ以上の存在になっている マリオも、クリエイターも、伝説なのだ

「ポリビアス」
太平洋側の北西部にはたくさんのものがある 美しい風景 温暖な気候 そして人を狂わせるという、謎多きビデオゲーム 
それは1980年代 ポートランドでは冷戦の妄想が最大の都市伝説を造り、それがビデオゲームになった 「ポリビアスのストーリーはアーケードゲームの聖杯のようなもの」人々がポロビアスの秘密に迫ったのは約40年前だ
「見た目はごく普通のアーケードゲームに見えるかもしれないが ポリビアスの内部は最先端の調査システムが内蔵されており、ユーザーの行動を追跡している ポリビアスにすべて見張られていると思ったほうがいい」
1950年から70年のあいだ、CIAは敵を弱体化させるため様々な実験を行っていた それがプロジェクトMKウルトラ 完璧な尋問方法を見つけるための実験だ だがこの秘密実験が1976年に世間に知られてしまう 様々な憶測が流れ、その恐怖感が映画にも持ち込まれた だが最大の都市伝説ビデオゲームも、MKウルトラの影響を受けた それはポートランドの町に突然現れた、一台の謎のアーケードゲームの機械から始まる
ローガン・ボーデンはポートランドにあるアーケードゲームの経営者 「都市伝説は好きだよ ポートランドに伝わるいろんな話を集めてる」ポリビウスもそんな話のひとつ それは友だちとテレビを見ているときに起こる 「ポリビアスというのは、1981年にポートランド周辺に置かれたアーケードゲームの機械 そのゲームをプレイすると、体がしびれたり麻痺したようになって、悪夢を見る そしてそのゲームをやりたくて仕方なくなるという 数週間たつと、黒いスーツの男たちが現れ、ゲームの背後をあける 集金に来たわけではなく、データの回収をするんだ あれはきっとMKウルトラと関係があるね ポリビアスは数か月経つと、突然姿を消した 以来誰もあのゲームを見ていない」

ブライアン・ダニング 都市伝説の専門家「ポリビアスは調べれば調べるほど、実話なのです 1981年、ポートランドであるゲームのやりすぎで体調を崩した子どもが2名いることが報告されています その2週間後、政府職員がゲームを撤去 このゲームは政府が訓練用に使ったことがわかっています ゲームの名前はポリプレイ アーケードゲーム業界は様々な記録が残っており、月刊誌もありました ところがどんな記録を調べても、ポリビアスという名前のゲームは出て来ません それは事実です」
せっかくのゲーム名をなくしてしまうのは惜しい そこで別の角度から動き出した人たちがいました 教師でアーケードゲームオタク ポール・サンタクルーズは都市伝説に息を吹き込んだのです 「そうだ、おれがポリビアスを作ろうって思いついたんだよね」でも、内容は? 2007年、ゲーマーのコミュニティでもうストーリーもグラフィックも出来上がっていた ポールはそこからもう一歩進んで、完全なアーケードゲームの形にしたのだ 「素材は全部そろってたからね あとは形にするだけ おれも伝説の一部になりたかったんだ」伝説は本物のゲームになった 「面白いことだよね」「ポリビアスは実在する いまはね」